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飯塚翔太さんといえば、2016年リオ五輪で4×100mリレー銀メダルを獲得し、「和製ボルト」の愛称で親しまれる日本短距離界を代表するアスリートです。
パリ五輪では4大会連続出場という偉業を達成し、男子主将としてチームを牽引しました。
そんな飯塚さんには、姉1人・弟2人からなる4人兄弟がいます。注目すべきは、兄弟全員が陸上経験者という点で、とりわけ7歳年下の弟・飯塚拓巳さんは兄と同じ高校・大学に進学し陸上選手として活躍しています。
この記事では、飯塚翔太さんの兄弟のプロフィールや家族との絆、感動的なエピソードをまとめます。
記事のポイント
①:飯塚翔太の兄弟は姉1人・弟2人の4人兄弟
②:7歳年下の弟・拓巳は中央大学陸上部で活躍
③:兄弟全員が陸上経験者という珍しい家庭環境
④:父・考至が分析役、母・美佐恵が応援役で支えた
飯塚翔太の兄弟構成と各メンバーのプロフィール
- 飯塚翔太の兄弟は何人?|4人兄弟の全体像
- 7歳年下の弟・飯塚拓巳のプロフィールと陸上キャリア
- 1歳年下の弟の経歴|愛知の大学を経て社会人へ
- 姉のプロフィール|結婚・子供と陸上経験
- 飯塚翔太の兄弟全員が陸上経験者|その背景と理由
飯塚翔太の兄弟は何人?|4人兄弟の全体像
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飯塚翔太さんの家族構成について、まず全体像を整理してみましょう。
| 続柄 | 人物 | 備考 |
|---|---|---|
| 姉(1歳年上) | 非公表 | 陸上経験あり・既婚・子供あり |
| 本人(長男) | 飯塚翔太 | リオ五輪4×100mR銀メダリスト・ミズノ所属 |
| 弟(1歳年下) | 非公表 | 陸上経験あり・愛知の大学卒・社会人 |
| 弟(7歳年下) | 飯塚拓巳 | 1998年11月8日生まれ・中央大学陸上部出身 |
飯塚翔太さんは4人兄弟の上から2番目・長男というポジションにあります。
1歳年上に姉がおり、1歳年下と7歳年下に弟が2人います。
下の表は飯塚翔太さん本人のプロフィールをまとめたものです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 飯塚翔太(いいづか・しょうた) |
| 生年月日 | 1991年6月25日 |
| 2026年06月21日現在の年齢 | 34歳 |
| 出身地 | 静岡県御前崎市 |
| 身長 | 185cm |
| 体重 | 78kg |
| 所属 | ミズノ |
| 出身高校 | 藤枝明誠高等学校 |
| 出身大学 | 中央大学 |
| 主な実績 | リオ五輪4×100mR銀メダル・世界選手権銅メダル・4大会連続五輪出場 |
4人兄弟の中で特筆すべきは、全員が陸上経験者という点です。
姉も陸上をやっており、1歳年下の弟も学生時代に取り組んでいたことが分かっています。
そして7歳年下の弟・飯塚拓巳さんは現在も陸上競技を続けており、兄・翔太さんと同じ高校・大学に進学して本格的なアスリートの道を歩んできました。
翔太さん自身がインタビューで語っているように、家族全体がスポーツへの情熱を共有していたことがうかがえます。
兄弟全員が陸上経験者というのは、アスリート家庭のなかでも非常に珍しいケースです。
その背景には、父親・考至さんの熱心なサポートと、両親が子供に「全部自分で決めなさい」と伝え続けた自己決断の教育方針があったようです。
ここ、気になりますよね。飯塚家の「陸上一家」の実態については、後ほど詳しく掘り下げます。
7歳年下の弟・飯塚拓巳のプロフィールと陸上キャリア
飯塚翔太さんの7歳年下の弟が、飯塚拓巳(いいづか・たくみ)さんです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 飯塚拓巳(いいづか・たくみ) |
| 生年月日 | 1998年11月8日 |
| 2026年06月21日現在の年齢 | 27歳 |
| 身長 | 175cm |
| 血液型 | AB型 |
| 出身高校 | 藤枝明誠高等学校(兄・翔太と同校) |
| 出身大学 | 中央大学(兄・翔太と同大) |
| 種目 | 短距離(主に200m) |
拓巳さんが陸上を本格的に始めたのは、小学校3年生のころのことです。
兄・翔太さんの背中を追いかけるように競技の世界に入り、中学2年生でロンドン五輪を観戦した際に「兄のすごさを実感した」と語っています。
兄と同じ道を歩んだ高校・大学の選択
拓巳さんは高校選びで迷わず兄・翔太さんと同じ藤枝明誠高等学校を選びました。
しかし入学当初は、中学時代に痛めた腰をはじめ度重なるけがに苦しめられます。
それでも兄・翔太さんにメールで相談しながらコツをつかみ、少しずつ記録を伸ばしていきました。
高校3年生の2016年東海総体では男子200mで21秒49の自己ベストを更新し3位入賞。全国高校総体への出場権を掴んでいます。
全国総体の男子200mは2016年8月1日に実施され、リオ五輪開幕(8月5日)の直前という絶妙なタイミングでした。
弟が全国の舞台で走り、続けて兄が世界の舞台でメダルを狙う—飯塚家にとってかけがえのない夏だったことは間違いありません。
大学でも兄と同じ中央大学へ
高校卒業後も拓巳さんは兄・翔太さんの母校である中央大学を選びます。
中央大学陸上競技部のホームページには拓巳さんの写真も掲載されており、兄弟で「よく似てる」と言われるほどの顔立ちは話題になりました。
大学2年生になった2018年3月には、翔太さんの米国合宿に同行し、初めての兄弟海外合宿を経験します。
翔太さんは「数年前までは練習パートナーとしてやると思っていなかった」と驚きを隠せない様子で語っており、弟が本格的なライバルへと成長していることを実感していたようです。
拓巳さん自身も「走り込みとか最後の方は兄に負ける」と苦笑しながらも、絶好の練習相手の存在に感謝しています。
2018年6月には中大記録会で人生初の直接対決が実現しました(詳細は後述)。
拓巳さんの陸上人生は、常に兄・翔太さんの存在を意識しながら歩んできたと言っても過言ではありません。
1歳年下の弟の経歴|愛知の大学を経て社会人へ
飯塚翔太さんには、7歳年下の拓巳さんの他にも、1歳年下の弟がいます。
こちらの弟さんについては名前や詳細なプロフィールは公表されていませんが、いくつかの情報が確認されています。
陸上経験と進学先
1歳年下の弟さんも、以前は陸上競技をやっていたことが分かっています。
兄弟全員が陸上を経験しているという飯塚家において、この弟さんも例外ではなく、翔太さんと同じく短距離系の競技に取り組んでいたとされています。
大学は愛知県の大学に進学しており、翔太さん・拓巳さんが通った中央大学(東京)とは異なる道を選んでいます。
現在はすでに社会人となっている年齢で、陸上競技の第一線からは離れているものと考えられます。
翔太さんと共通する「左利き」という特徴
実はこの弟さんとの間に、ちょっとした共通点があることが知られています。
飯塚翔太さんと1歳年下の弟さんは、2人とも左利きなんです。
これは翔太さん本人が語っているエピソードで、兄弟の意外な共通点として知られています。
陸上競技においてはとくに利き手・利き足の影響が走りのフォームに出やすいとも言われますが、翔太さんは右のスタートを得意としており、競技面での影響は限定的なようです。
兄弟3人のうち2人が左利きというのは、遺伝的な要素も絡んでいるかもしれません。
名前や詳しいプロフィールは非公表のため、翔太さんや拓巳さんほど情報が少ないのが現状です。
しかし、4人兄弟の中でも個性的なポジションにいる弟さんの存在が、翔太さんの人物像をより豊かに伝えてくれます。
スポーツ一家のなかで自分なりの道を切り開いてきた2番目の弟さんの今後も、どこかで気になってしまいますよね。
姉のプロフィール|結婚・子供と陸上経験
飯塚翔太さんには1歳年上のお姉さんがいます。
お姉さんの名前や詳しいプロフィールについては非公表となっていますが、いくつかの情報が確認されています。
陸上経験と現在の生活
姉もかつては陸上競技に取り組んでいたことが分かっています。
飯塚家で兄弟全員が陸上経験者である事実の一角を担うのが、このお姉さんの存在です。
現在はすでに結婚しており、翔太さんのブログにはお子さんを抱っこしている写真が掲載されていたことがあります。
子供さんの性別や人数などの詳細は不明ですが、幸せな家庭を築いているようです。
翔太さんとの「ハーフ顔」の共通点
翔太さんがブログでお姉さんについて言及した際に、外見的な共通点に触れています。
翔太さんいわく、お姉さんも「同じ系統のハーフ顔」だとのことです。
飯塚翔太さんはその端正な顔立ちから「ハーフ顔」と表現されることが多く、お姉さんも同様の雰囲気を持っているようです。
ちなみに飯塚翔太さん自身は純粋な日本人であり、ハーフではありません。
兄弟の顔立ちが似ているのは、両親からの遺伝子をしっかり受け継いでいる証拠とも言えるでしょう。
お姉さんについての詳しい情報が公表されていないのは、本人のプライバシーを尊重してのことと思われます。
それでも、飯塚翔太さんの競技人生を身近で見守り続けてきた存在として、兄弟の絆の大切さを感じさせてくれます。
リオ五輪の銀メダルや世界陸上の銅メダルを、家族の一員として誇りに思っているはずです。
飯塚翔太の兄弟全員が陸上経験者|その背景と理由
飯塚家で兄弟全員が陸上経験者であるという事実は、偶然ではありません。
その背景には、家庭全体の雰囲気と父親・考至さんのサポートが深く関わっています。
父親・考至さんの影響
父親の考至さんは学生時代、器械体操や柔道をやっていたスポーツマンです。
自身の競技経験から運動の大切さを知っていたこともあり、子供たちがスポーツに取り組むことを自然と応援していました。
翔太さんが陸上を始めてからは、毎回の試合動画をすべて録画・分析し、ノートに記録するという徹底したサポートを続けていました。
小学6年生で100mが12秒67だったタイムを起点に、中1・中2・中3…と予測タイムのグラフを作成するほどの熱心さ。
ライバル選手の記録も詳細に分析していたといいます。
翔太さんは「父親は常に分析したりノートを取ったり、記録の推移を記録したりしてくれていた」と感謝を述べています。
さらに「父とそういう話をしているだけで楽しくなってどんどん練習したくなる」という翔太さんの言葉は、父親の存在が単なるサポーターを超え、競技への情熱を引き出す存在だったことを示しています。
翔太さん自身が記録やフォームを研究することを習慣としているのも、こうした父親の姿を間近で見て育ったからでしょう。
「全部自分で決めなさい」という一貫した教育方針
考至さんが子供たちに繰り返し伝えてきた言葉があります。
それが「全部自分で決めなさい」という教えです。
陸上をやるかどうかも、どの試合に出るかも、すべて子供自身の判断に委ねていました。
翔太さんは「自分で決める権利をもらえたから陸上が長続きしていると思う」と語っており、自己決断が「諦めないきっかけ」にもなっていると言います。
兄弟全員が陸上経験者なのは、親から強制されたわけではなく、それぞれが自分で選んだ結果です。
翔太さんが地元の大会で優勝したのを目の当たりにして「自分もやりたい」と思った弟・拓巳さん、同じ競技環境で育った姉や1歳年下の弟さんも、自然と陸上の世界に引き込まれていったのでしょう。
翔太さんが「親が出すぎると潰れてしまう子が周りでは多かった」と振り返るように、飯塚家の教育方針は子供の可能性を引き出す理想的なものでした。
スポーツ一家が生まれる背景には、こうした家庭の土台があったんですよね。
飯塚翔太と兄弟の絆|エピソードと目標
- 飯塚拓巳と翔太の兄弟初対決と米国合宿の絆
- リオ五輪銀メダルに弟が「人生で一番感動」
- 飯塚翔太が兄として弟に伝えたアドバイス
- 父親・考至と母親・美佐恵が支えた兄弟の陸上人生
飯塚拓巳と翔太の兄弟初対決と米国合宿の絆
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飯塚翔太さんと弟・拓巳さんの関係が大きく注目されたのは、2018年のことです。
2018年3月 米国での兄弟合宿
2018年3月、翔太さんは春季の米国合宿に、当時中央大学2年生だった弟・拓巳さんを伴いました。
海外での兄弟合宿は、このときが初めてのことでした。
約1カ月前から話し合って、一緒に米国で練習することを決めたといいます。
拓巳さんはすでに「走り込みとか最後の方は兄に負ける」と認めつつも、練習パートナーとして申し分ない存在に成長していました。
翔太さんも「数年前までは練習パートナーとしてやると思っていなかった」と感慨深そうに語っています。
兄弟が切磋琢磨する光景は、陸上界においても珍しい場面として注目されました。
なお合宿の終盤、翔太さんは右腸腰筋を痛めてしまいましたが、水中でのトレーニングを続けるなど万全の回復に努めています。
2018年6月 人生初の直接対決が実現
米国合宿から帰国後、2018年6月9日に行われた中央大学記録会で、ついに翔太さんと拓巳さんが人生初の直接対決を果たします。
男子200mで翔太さんは今季日本勢最高となる20秒54(追い風0.8m)をマーク。
弟・拓巳さんとの差は0秒88ありましたが、「一緒に走れる時が来るとは思わなかった。ここまで成長してくれて、いずれは一緒に日の丸を背負って戦いたい」と翔太さんはまぶしそうに語りました。
拓巳さんも「もうちょっと競れるように頑張りたい。少しずつ力の差を詰めていきたい」と胸を躍らせており、兄弟で同じ方向を向いて走り続ける姿は多くの人の心を打ちました。
同日、コンビニでのスピードくじでオレンジジュースが当たるというエピソードも話題になり、翔太さんは「ビタミンCは疲労回復に良いんです」と美味しそうに語っていたとのこと(笑)。
そんな人間味あふれる翔太さんの横に、弟・拓巳さんも確かな存在感を示していました。
リオ五輪銀メダルに弟が「人生で一番感動」
2016年8月20日、リオデジャネイロ五輪の男子4×100mリレー決勝が行われました。
翔太さんが2走を務めた日本チームは銀メダルを獲得し、日本中が歓喜の渦に包まれます。
そのとき、藤枝明誠高校では陸上部員ら約100人がテレビで試合を観戦していました。
最前列で見つめていた弟・拓巳さん(当時17歳)は、レース後にこう語っています。
「人生の中で一番感動した。緊張して心臓がバクバクだ…」
この言葉が、当時の報道で大きく取り上げられました。
全国高校総体直後のリオ五輪という特別なタイミング
実はこの大会の直前、2016年8月1日に拓巳さんは全国高校総体の男子200mに出場していました。
リオ五輪開幕(8月5日)のわずか4日前のことです。
弟が全国舞台で走り、続けて兄が世界舞台でメダル獲得という流れは、飯塚家にとって夢のような夏でした。
拓巳さんは全国総体の時点でこう語っていました。
「自分が先に全国で入賞すれば、兄も世界で入賞してくれるはず。背中を押せるように頑張ります」と。
弟が背中を押し、兄がそれに応えた形になったわけですよね。
なお拓巳さんは高校2年生だった2015年には「4年後の日本選手権で兄に勝つのが目標。一緒に東京五輪に出られたら最高」とも語っており、早くから高い目標を持っていたことが分かります。
リオ五輪の銀メダルを家族全員で喜んだこの瞬間は、飯塚家の歴史に永遠に刻まれる思い出となったことでしょう。
飯塚翔太が兄として弟に伝えたアドバイス
飯塚翔太さんは、弟・拓巳さんが競技で行き詰まったとき、兄として具体的なアドバイスを送ってきました。
拓巳さんが高校時代、度重なるけがや練習の壁にぶつかったとき、メールで兄に相談するのが習慣だったといいます。
「周りを気にせず一点を見詰めて自分の世界に入れ」
そのとき翔太さんが伝えたのが、「周りを気にせず一点を見詰めて自分の世界に入れ」という言葉です。
集中力の重要性を伝えるこのアドバイスは、翔太さん自身がレース中に大切にしている考え方を弟に共有したものです。
翔太さんは200mを走る際、「足のタイミングを合わせていこう」という一つのことだけを考えて走ると語っています。
複数のことを考えると動きが乱れてしまうため、一つに集中することを徹底しているのです。
この感覚を弟に分かりやすく伝えたのが「一点を見詰めて自分の世界に入れ」というフレーズでした。
試合の動画を送っての技術的な助言
言葉だけでなく、翔太さんは試合の動画を弟に送って技術的な助言も行っていました。
動画を使ったフォーム分析は、父親・考至さんのサポートスタイルを継承した方法とも言えます。
子供のころから父親に試合動画を撮ってもらい、自分自身でも分析を続けてきた翔太さんにとって、映像で走りを確認することは当然の習慣でした。
そのノウハウを弟に伝えたことで、拓巳さんの記録は着実に伸びていきました。
2016年東海総体での自己ベスト更新・全国高校総体出場という結果は、翔太さんのアドバイスが実を結んだ証拠とも言えます。
藤枝明誠の陸上部を指導する清尊徳監督も「まだまだ粗削りだが、兄の成績が刺激になって頑張るはず」と拓巳さんの伸びしろを期待していました。
兄から弟へ、技術だけでなく競技への向き合い方や集中力の哲学まで受け継がれている—飯塚兄弟の絆が競技面にも色濃く表れているのは間違いありません。
父親・考至と母親・美佐恵が支えた兄弟の陸上人生
飯塚翔太さんと弟たちの陸上人生を縁の下で支えてきたのが、父親・考至さんと母親・美佐恵さんです。
| 項目 | 父親・考至 | 母親・美佐恵 |
|---|---|---|
| 読み方 | いいづか・こうじ(推定) | いいづか・みさえ |
| 生年 | 1963年生まれ | 非公表 |
| 学生時代の競技 | 器械体操・柔道 | 非公表 |
| サポートスタイル | 動画撮影・記録分析・データ管理 | 応援・精神的サポート |
| 教育方針 | 「全部自分で決めなさい」 | |
データで支えた父親・考至さんの熱心なサポート
父親の考至さんは、翔太さんが陸上を始めてから一貫して徹底したデータ分析でサポートしてきました。
試合の動画はすべて録画・分析し、記録の推移をノートに書き続けていました。
翔太さんが小学6年生で100mが12秒67を記録したところから、中学1年生、中学2年生、3年生…と将来の予測タイムをグラフで管理するほどの徹底ぶりです。
ライバル選手の詳細な情報も分析・整理していたとのことで、コーチ並みの熱量でサポートしていたことが分かります。
翔太さんは「父親は常に分析したりノートを取ったり、記録の推移を記録したりしてくれていた」と感謝を述べています。
さらに「父とそういう話をしているだけで楽しくなってどんどん練習したくなる」という翔太さんの言葉は、父親の存在が単なるサポーターを超え、競技への情熱を引き出す存在だったことを示しています。
翔太さん自身が記録やフォームを研究することを習慣としているのも、こうした父親の姿を間近で見て育ったからでしょう。
陰で支え続けた母親・美佐恵さん
母親の美佐恵さんは「陰で支えてくれていた」という表現がぴったりな存在です。
父親が熱心にデータ分析する一方、母親は常に子供の感情面・精神面を支える役割を担っていました。
翔太さんは「父親はとにかく熱心で、母親も熱心で応援してくれていたけど、熱量のバランスがいい感じに取れていたんだと思う」と振り返っています。
試合には必ず応援に来てくれる美佐恵さんは、オリンピックにも足を運んでいます。
2016年リオ五輪で日本選手権を観戦した際には「周囲から調子がいいと言われていたけど、レースはドキドキしました。五輪を決めてホッとした」と胸をなで下ろしていました。
結果に対して良かった時も悪かった時も余計なことは言わず、子供の自己決断を尊重してきた両親の姿勢が、翔太さんや弟たちの競技人生を長く支えてきたのです。
翔太さんは「子供の頃に結果が出ない時に怒られると、頑張ってきたことを否定されるような感じがする」と語っており、そういう経験がなかったことをよかったと感じていると述べています。
飯塚家の兄弟全員が伸び伸びと陸上に向き合えたのは、この両親の愛情深い教育方針があってこそです。
飯塚翔太と兄弟の絆と現在の活動|総まとめ
- 飯塚翔太は1991年6月25日生まれ、静岡県御前崎市出身のアスリート
- 家族構成は姉1人・弟2人の4人兄弟で、翔太は上から2番目・長男
- 7歳年下の弟は飯塚拓巳(1998年11月8日生まれ)、AB型・身長175cm
- 拓巳は翔太と同じ藤枝明誠高校・中央大学へ進学し陸上で活躍
- 1歳年下の弟も陸上経験があり、愛知の大学を卒業して現在は社会人
- 翔太と1歳年下の弟は2人とも左利きという共通点を持つ
- 姉は1歳年上で陸上経験者、すでに結婚して子供もいる
- 兄弟全員が陸上経験者という非常に珍しいアスリート家庭
- 父親・考至は試合動画を全録画・分析し記録の推移をノート管理するサポーター
- 母親・美佐恵はオリンピックにも応援に来る献身的な存在
- 両親の教育方針は「全部自分で決めなさい」という自己決断の尊重
- 翔太は弟・拓巳に「周りを気にせず一点を見詰めて自分の世界に入れ」とアドバイス
- 2018年の中大記録会で翔太と拓巳が人生初の直接対決を実現(差0秒88)
- リオ五輪銀メダル獲得の瞬間、拓巳は「人生で一番感動した」と語った
- 翔太・拓巳ともに「いずれは一緒に日の丸を背負って戦いたい」という夢を共有
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